「教章」は、浄土真宗のご縁のある方にぜひ心得ていただきたい浄土真宗の要旨であるとともに、み教えを理解していただくための手引きでもあります。
○題号「浄土真宗の教章」
「教章」の「教」とは、教法のこと、すなわち浄土真宗のみ教えです。「章」とは、「文章」という熟語があるように「あきらかにする」という意味があり、また「旗章」という熟語があるように「旗印」という意味もあります。
例えば「風林火山」という旗を見ると武田の軍勢だと一目でわかるように、この「教章」を見れば一目で浄土真宗がわかる、というものです。
○副題「私の歩む道」
旧「教章」では、「私の宗教」と示されていました。宗教は他人のためのものではなく、まさしく自分自身のためのものであることを明らかにしてくださいました。
この新「教章」では、「私の」という主体的営みであることはそのまま継承されつつ、その主体的営為が実践としてのひろがりを持ってほしいとの願いから、「私の歩む道」とお示しくださったのだと拝察いたします。「宗教」という言葉は語感が変わってしまい、良くない印象を持つ人が増えてしまいました。しかし「宗教」は、人の究極的な問題をその根本から解決する大変重要なものです。自分自身の生き方に即したものであることを示してくださったと受け止めています。
○宗名「浄土真宗」
旧「教章」では「浄土真宗本願寺派」と示されていました。これは宗教法人法に基づく宗派の正式名称です。新「教章」ではこれが〔宗派〕の項目として別立てで扱われておりますので、ここに言われる〔宗名〕とは宗派の名称ではないということです。
つまり、ここでの「浄土真宗」とは、宗派の名称としてではなく「浄土真宗をひらきつつ(『註釈版』p.595)」と示された、言わば教えの名のりです。この「浄土真宗」という宗名は、教えの内容を示す名称でもあります。仏教各派の宗名には、さまざまな付け方があります。例えば「天台宗」であれば天台山という地名もしくは天台大師という人名に基づき、「日蓮宗」であれば日蓮聖人という人名によってつけられています。「華厳宗」なら『華厳経』という正依の経典によってつけられた名称です。
これらに対し、私たちの「浄土真宗」は、教えの内容をあらわした名称とされています。『教巻』には、「大無量寿経 真実の教 浄土真宗(『註釈版』p.134)と示され、また『御消息』には「選択本願は浄土真宗なり(『註釈版』p.737」とあります。このように浄土真宗は『仏説無量寿経』そのものを表わし、その中心である第十八願の救いそのものを表わします。
また『御文章』「宗名の章」(一帖、十五)に
自余の浄土宗はもろもろの雑行をゆるす。わが聖人は雑行をえらびたまふ。このゆゑに真実報土の往生をとぐるなり。このいはれあるがゆゑに、別して真の字を入れたまふなり。(『註釈版』p.1105)
と示されるように、雑行自力を認めないから「真宗」と名のれるのだという意味です。私たちの自力でつくったものは虚仮不実な行ですから、真実の名を冠することはできません。念仏も信心も本願力によって与えられるゆえに、「浄土」の教えの中で特別に「真宗」と名のることができるのです。
○宗祖「親鸞聖人」
ご誕生・ご往生ともに、本願寺派では新暦に換算した日を用いています。親鸞聖人を宗祖と仰ぐ同じ真宗の中でも、他の宗派では旧暦のまま御正忌を11月28日で勤められているところもあります。
なお、旧暦と新暦には数十日のズレがありますが、歴史学などでは旧暦と西暦とを同じ年と見なして表記しています。ですのでご往生の年「弘長2年」は西暦では1262年と表記されています。旧「教章」の古い版では「1262年」となっているものもありますが、往生の年月日を新暦に換算すれば次の年の「1263年1月16日」となるため、旧「教章」でも途中からは「1263年」となっています。旧「教章」との相違で言えば、「見真大師」の大師号が新「教章」では記載されていません。これは直接には先の「宗制」改正を受けるものです。「宗制」で言及されなかった理由は、立教開宗には直接関わらない事項だからとされています。
○宗派・本山
前述の通り、宗派の正式名称です。通称としての「西本願寺」は旧「教章」と同様ですが、今回の新「教章」では新たに「龍谷山」という山号が明示されました。
本願寺は第11代顕如宗主の時代に現在の京都堀川の地に移りましたが、それ以前は大坂の石山本願寺であったり山科本願寺であったりと、たびたび移転を繰り返しています。本願寺の原初としては、覚如上人の時に宗祖親鸞聖人の廟堂として建立されましたが、それは京都東山の「大谷」の地にありました。本願寺の原初の地を示す「大谷」の字から山号を「龍谷」とすることによって、本願寺派の本山を明確に示してくださったと言えるでしょう。
今日、我が宗門の関係学校は全国に多数ありますが、その中には京都の龍谷大学をはじめとして「龍谷」の名を冠する学校も少なくありません。「龍谷総合学園」という宗門関係学校の連盟もあります。その宗門校の名称の根拠を明示することにもなり、浄土真宗の教えに基づいていることが明確になりました。
○本尊
旧「教章」とまったく同じです。「阿弥陀如来」は言うまでもなく、覚体としての阿弥陀さま、つまり木像や絵像としてのご本尊です。「南無阿弥陀仏」は名号本尊としての六字名号で、どちらも正式な「本尊」です。
名号「南無阿弥陀仏」が本尊であるというのは、浄土真宗の大きな特徴です。他宗の論理では、木像が最も詳細なお姿で、絵像・名号は簡略化と思われがちですが、当流では全く同等です。それは、本願成就文に「聞其名号」とあるように、私たちが直接出遇っている如来さまは「南無阿弥陀仏」だからです。そこには、私たちの信心としての帰命の「南無」まで用意して、私のもとに来てくださる如来さまがいらっしゃるのです。だから「南無」まで含めて本尊とするのであり、「阿弥陀仏」だけを本尊とするのではありません。
○聖典
旧「教章」では「経典」として「浄土三部経」とされていましたが、新「教章」では「浄土三部経」のほかに、「宗祖親鸞聖人が著述された主な聖教」として「正信念仏偈」と「和讃」が挙げられ、さらに「中興の祖蓮如上人のお手紙」として『御文章』が挙げられています。
これは、私たちの日常の勤行が、正信偈・和讃六首引・御文章拝読という形であるからでしょう。勤行に用いられ親しまれていることから、これらを「聖典」としてお示しくださったと拝察します。宗祖の主著はもちろん『教行信証』であり、教義体系としては『教行信証』を中心とすることは言うまでもありませんが、平素なじみの深い「勤行聖典」としての「正信念仏偈」を聖典として示されています。
また、「聖典」と似た意味の語に「聖教」があります。「聖教」としては宗祖の著述をはじめ、七祖すべてにわたって「宗制」では細大もらさず明記してあります。今は、宗門において身近に普及しており、平素から勤行において親しんでいる意味において、「浄土三部経」・「正信念仏偈」・「和讃(浄土・高僧・正像末)」・『御文章』が選ばれたということでしょう。
○教義
「教義」を一言であらわすのは、実は至難の業です。『歎異抄』第十二条に、
本願を信じ念仏を申さば仏に成る。そのほか、なにの学問かは往生の要なるべきや。(『註釈版』p.839)
というお言葉がありますが、簡潔にして要をえた、すぐれた教義表現です。「本願を信じ(至心・信楽・欲生我国)」「念仏を申さば(乃至十念)」「仏に成る(若不生者、不取正覚)」と、まさしく第十八願の法義の内容を的確に明示されています。
そこで試みに、この『歎異抄』の文と今回の新「教章」の文とを読み比べてみてください。そこから、この「教章」の意図が見えてくるように思うのです。
教章に記された「阿弥陀如来の本願力によって信心をめぐまれ、念仏を申す人生を歩み」の部分は先の第十八願の内容です。さらに「この世の縁が尽きるとき浄土に生まれて仏となり」は第十一願の内容ですが、ここまででしたら『歎異抄』でも触れられています。ですが、「迷いの世に還って人々を教化する」の一段は『歎異抄』にはない内容であり、この第二十二願、還相回向の内容こそが、このたびの「教章」で特に強調されたかったことではないかと思われるのです。
直接的には、曇鸞大師の『往生論註』末尾の三願的証に根拠を置くもので、馴染みの深いところでは『正信偈』の曇鸞章に、「論註」の義が簡潔に示されています。
第十八願|惑染凡夫信心発、証知生死即涅槃 …… 往相
第十一願|往相必至無量光明土 …… 往相
第二十二願|往相諸有衆生皆普化 …… 還相
この「往還の二回向」が他力のはたらきによることを示してあるのが「論註」の義で、これを承けて『教行信証』の冒頭に、
つつしんで浄土真宗を案ずるに、二種の回向あり。一つには往相、二つには還相なり。(『註釈版』p.135)
とお述べになっています。このように「往相」「還相」の二回向が宗祖の教学の基本的骨格になっているのです。
1歳にも満たない幼児が亡くなった時、お寺参りをしたこともなければ一声の念仏も称えたことがない、そういう子は、浄土真宗以外の教えなら迷っているとしか言えないでしょう。でも、私が手を合わす身になれたのはあの子のおかげと気付いた時、その子は還相の菩薩だったと味わえる世界があります。もちろん、仏教は死者の行き先を第三者的に論じ、成仏の可否を説明するものではありません。しかし、還相の菩薩と敬っていくことのできる道が、浄土真宗ならではの尊い世界でしょう。
○生活
私たちの信仰生活について、具体的には「聴聞(阿弥陀如来のみ心を聞き)」と「念仏(念仏を称えつつ)」とが生活実践であるとご教示くださっています。浄土真宗は、他力の信心を恵まれるみ教えです。自分で考える信心や自分でつくる信心では他力ではありません。そして、自分でつくったものなら迷いの因にしかならず、他力によって恵まれる信心だからこそ仏因になるのです。
その「他力の信」は、聞くことによってのみ成立します。信心は心の領域ですが、心の領域であるにもかかわらず、私の心のはたらきをそのまま「聞」で語ります。それが、聞くままがそのまま信心であるという「聞即信」の法義であり、浄土真宗は聴聞にきわまると言われる所以です。如来さまのよび声を聞き、如来さまの名のりのいわれを素直に聞くほかないのです。
この阿弥陀如来のみ心を聞かせていただく時、そこから「つねにわが身をふりかえり」、つまり如来さまの智慧のひかりに照らされることによって、私の本当の姿——自己中心で深い闇をかかえた恥ずべき身であることに気付きます(慚愧)。また同時に、そのような私のために常にはたらきつづける本願のお誓いの中にあったと気付く喜び(歓喜)、これが私たちの信心の内実なのです。
厳しい自己内省と救いの喜びとに支えられながら、返しても返しきれない如来さまの御恩に報いるためには、ねてもさめても、いのちのあらんかぎり称名相続させていただきます。聖道門の自力の難行は、まさしく命のぎりぎりまで追い詰めるもので、たとえば千日回峰行などは平凡な生活をしている私どもには到底できるものではありません。しかしこの自力の行は、確かに難行ではありますが、千日目には達成というゴールがあります。一方、私たちのご報謝には「もうこれで良い」という終わりがありません。返しきれない報謝の生活です。その意味では、また別の厳しさがあると言えるでしょう。そして、如来さまの智慧のひかりに照らされて確かな方向性を見いだすことができた身ですから、もはや迷信に迷う必要はありません。「祈祷などにたよることなく、御恩報謝の生活を送る」のです。
時々、名前の画数を気にして漢字を変える人が見られます。おそらくは字画などの姓名判断によっているのでしょう。人生は自分の才能と努力によって切り開いていくものですが、さまざまな要因と条件との関わりによって成立しています。順調なときもあれば、逆境のときもあります。
数年前、ある航空会社の飛行機に乗った時、座席番号が3番の次がなんと5番でした。完全に連続した座席なのに、4番が飛ばされていたのです。想像に過ぎませんが、やはり「4」という数字が「死」を連想させるからでしょう。常識的に考えて、ひとたび飛行機事故がおこったら4番に座っていた人だけが亡くなるということはまずありません。飛行機は科学の最先端と言ってよい乗り物ですが、そこにおいて未だに「4」に対する迷信が残っているということは、科学では解決し切れないものが人の心にあるということです。その科学でも解決できない迷信を、まさしく横さまに断ち切っていくのが浄土真宗の法義です。こちらから祈り、こちらから願うのではありません。「必ず救う」という如来さまの願いを聞かせていただくのです。
○宗門
如来さまから一味の信心を賜った者同士ですから、お互いをともにご法義仲間として敬い合って生きるのが「同朋教団」です。ともに等しく仏弟子ですから、私たちの法名にはみな「釈」の字を冠しています。これは、ともにお釈迦さまの弟子となることの名のりです。お釈迦さまの僧伽では、弟子として入門した者はみな等しく仏弟子として敬い合ったのです。法名に「釈」の字をいただいている意味をかみしめ、ますます御同朋のこころを実践していかねばなりません。
阿弥陀さまの智慧と慈悲によって救われた私たちですから、「人々に阿弥陀如来の智慧と慈悲を伝える教団である」必要があります。ちょうど、磁石にくっついた釘が自らも磁力を放つように、阿弥陀さまの智慧と慈悲を身に受けて、人々にまたそれを伝えることのできる身となるのです。あくまで煩悩具足の身には違いありませんが、お念仏をよろこぶ姿や積極的な生き方を他の人が見た時、「お念仏の生活はこういうあたたかい世界なのか」と知ってくれるでしょう。この常行大悲の人生が、他人を蹴落として自分だけが幸福になろうとする現代社会の生き方から離れ、「自他ともに心豊かに生きることのできる社会の実現に貢献する」歩みとなるのであり、これこそが副題として「私の歩む道」と表されたおこころではないかと受け止めています。
【参考・引用】
『註釈版聖典』
浅井成海『「浄土真宗の教章(私の歩む道)」を理解するために』