合わせる手の中に あの人は還ってくる

まもなくお盆の季節が巡ってまいります。お盆は、先に亡くなった大切な方々を偲び、静かに手を合わせ、仏さまのみ教えに耳を傾ける時間です。

私たちが生きるこの日常では、「昨日まで元気だったから、今日も明日も元気だろう」と、無意識のうちに自分の未来がずっと続くかのように思い込んでしまいがちです。しかし、大切な人との突然の別れは、そんな私たちの思い込みを打ち砕き、「命の儚さ」を教えてくれます。
元気だった知り合いが一か月の闘病の末に人生を終えていったとき、私もその身をもって「諸行無常」という真実を教えられました。

大切な人との死別は、いつだって悲しいものです。もう二度と会えない、声も聞けないという事実に、胸が押し潰されそうになることもあります。

浄土真宗の宗祖親鸞聖人は次のような和讃を残されています。

安楽浄土にいたるひと 五濁悪世にかへりては
釈迦牟尼仏のごとくにて 利益衆生はきはもなし

「お浄土へ旅立たれた方は、決して私たちを見捨てて遠くへ行ってしまったのではありません。仏さまとなって再びこの迷いの世界に戻り、残された私たちを間違いなく真実の教えへと導いてくださる」と教えてくださっています。

私たちが亡き人を想い、そっと手を合わせて「南無阿弥陀仏」とお念仏を口にするとき、それは間違いなく、仏さまとなった大切な人が私たちの中ではたらきかけ、導いてくださっている証拠なのです。

子どもの頃には苦くて飲めなかったコーヒーが、歳を重ねると不思議と美味しく感じられるように、お念仏の教えも、若く元気なうちはピンとこないかもしれませんが、大切な人との別れという「深い悲しみ」を通して、初めてその慈悲の温もりが心に染み渡ることがあります。悲しみが深ければ深いほど、阿弥陀如来は私たちをすっぽりと包み込み、ともに涙してくださるのです。お念仏は、私たちの別れを単なる「永遠のサヨナラ」ではなく、「またお浄土で会える」「いつでもともにいるよ」と言える温かい世界へ変えてくれます。

このお盆という尊いご縁に、亡き人からの願いに心を傾け、ご一緒に「南無阿弥陀仏」とお念仏を称えさせていただきましょう。

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2026年07月01日