「盂蘭盆」とは

これまで法話などでも繰り返し語られてきた『盂蘭盆経』の「常識」。実はその常識に対して、現在、新しくて有力な説が示されています。
入澤崇先生と辛嶋静志先生の学説を中心にご紹介いたします。


お盆といえば「逆さ吊り」?
今年もお盆の季節が巡ってきます。時期や内容はさまざまですが、毎年日本各地で、お盆にまつわる行事が行われています。京都では「五山の送り火」が夏の風物詩としてよく知られていますし、灯篭流しや盆踊りを想像する方もいらっしゃるかもしれません。このように、お盆の行事は毎年繰り返されてきました。
さて、そんなお盆にまつわるお話の中で、「逆さ吊り」についてお聞きになったことはないでしょうか。「お供え物をしないと、ご先祖さまが逆さ吊りの苦しみを味わう」ですとか、「逆さに吊られる苦しみからご先祖さまを助けてあげるのがお盆の行事だ」といったお話です。一見するとドキッとしてしまうようなお話ですが、実は誤解だったのです。というのが、このコラムのテーマです。ではなぜ、お盆に逆さ吊りのイメージが定着してしまったのでしょうか。まずは、その歴史をみていきましょう。


『盂蘭盆経』に関する二つの「常識」
そもそも「お盆」という呼び方は、『盂蘭盆経』というお経に由来しています。「盂蘭盆」という言葉が省略されて、「お盆」と呼ばれるようになったと考えられています。しかし、この『盂蘭盆経』をめぐる二つの「常識」が、お盆に対する私たちのイメージに大きな影響を与えてきました。
一つめは、『盂蘭盆経』の「盂蘭盆」という言葉が、「倒懸(逆さ吊り)」という意味である、という「常識」です。これによって、お盆の行事と逆さ吊りをどのようにつじつまを合わせて説明するか、さまざまな試行錯誤がなされてきました。二つめは、『盂蘭盆経』は中国で作られた経典、いわゆる「偽経」である、という「常識」です。この常識の影響はのちに、「『盂蘭盆経』は中国で作られたお経なのだから、それに由来するお盆の行事も、インドにルーツを持つ由緒正しい行事ではないのだ」という考え方へと発展していきました。


「盂蘭盆」の解釈をめぐるさまざまな議論
まず、「盂蘭盆」が「倒懸」の意味であるというのは、『一切経音義』という中国の有名な辞書に書かれています。作者の玄応(生没年不詳)は、『西遊記』の三蔵法師のモデルとして知られる玄奘(602~664年)のお弟子さんで、唐の時代を代表する学者のひとりです。その辞書には、「盂蘭盆はなまりである。正しくは烏藍婆拏(うらんばな)で、倒懸の意味である」とはっきりと書かれています。
この玄応の解釈は、その後、広く受け入れられていきました。例えば、『盂蘭盆経』の最初の注釈者である慧浄(えじょう)も、この倒懸説を採用しています。近代に入ると、サンスクリット語(梵語)の大家である南條文雄が、玄応の言う「烏藍婆拏」とは、「吊り下げ」を意味するサンスクリット語の俗語形である「ullambana」だと指摘しました。かと思えば、高橋順次郎らが「サンスクリット語ではなく、実はパーリ語のullumpana(救済)を意味する」と主張したり、ソグド語のurvan(霊魂)を指すという説が出たりしました。さらには、「いやいや、古代イラン語のulavān(天則を回復した者)だ」「hufrawardān(故人を称える祭礼)だ」などなど、「盂蘭盆」という言葉をめぐって、本当にさまざまな議論が交わされることになったのです。

結局のところ「盂蘭盆」とは何なのか?
ところで、これらの議論をよくみてみますと、中心となっているのは「盂蘭盆」という単語の解釈であることに気がつきます。入澤崇氏は、「盂蘭盆」という言葉を別の言語に置き換えることに集中するあまり、お経の文脈を疎かにしていることこそが、大きな問題点であると警鐘を鳴らしています。お盆とは、結局のところ何なのでしょうか。その答えは、お経自体が語っているはずなのです。
そこで、詳しくは本文をご覧いただくことにして、ここでは『盂蘭盆経』のあらすじを改めてみてみましょう。


お釈迦さまの弟子である目連(もくれん)は、自分を育ててくれたご両親に恩返しをしたいと思いました。
しかし、神通力(不思議な力)が一番優れていると言われる目連であっても、餓鬼の世界に堕ちてしまったお母さまを救うことはできませんでした。
困り果てた目連がお釈迦さまに相談したところ、「過去七世、および現在のご両親を死後の苦しみから救いたければ、自恣(じし:雨季の修行の最終日に行われる行事)の日に、食事をお盆にのせて僧侶たちにお布施しなさい」とアドバイスを受けます。
これを聞いた目連や弟子たちは大いに喜んだ……というのがこのお経の大まかなストーリー展開です。


つい目連とお母さまの物語にばかり目が行ってしまいますが、ここでこのお経の構造をよくみてみましょう。実は『盂蘭盆経』は、「自恣の日に僧侶へ供養する行事」にまつわるエピソード(目連が母親を救うお話)と、「その行事の行い方」が説かれている、と見ることができるのです。
この構造を踏まえたうえで、「盂蘭盆」という言葉がどのように登場するのか見てみましょう。すると、お経の後半部分、自恣の日に行うべきことの説明箇所に3回出てきます。

・(僧侶たちに)盂蘭盆を捧げなさい。
・百味の飲食物を盂蘭盆に入れて(僧侶たちに施しなさい)。
・父母のために盂蘭盆を作り、仏と僧に施しなさい。

これらの文脈からは、お坊さんに食べ物をお布施するための容器を「盂蘭盆」と呼んでいることがわかります。決して、逆さ吊りの話はしていないのです。入澤氏が指摘するように、単語だけを見るのではなく文脈を意識することで、これまでの「常識」とは違う事実が見えてきます。


では、「盆」は容器を意味するとして、「盂蘭」とは何なのでしょうか。この「盂蘭」という言葉に対して、辛嶋静志氏が言語学的な立場から、画期的な説を提示されています。辛嶋氏によりますと、「盂蘭」という言葉を音写語(発音を漢字で当てはめた言葉)と考えたとき、「olana」という言葉に復元できるといいます。
では、「olana」とは何でしょうか。お経を読む限り、自恣の日に捧げられるもののようです。そう考えたとき、よくお供えされる「ご飯(米飯)」をサンスクリット語で「odana」と言うのですが、これを当時の話し言葉に復元すると、実は「olana」になるというのです。したがって『盂蘭盆経』とは、「olanaを入れた容器のお経」、つまり、「(お供えの)ご飯を入れた鉢のお経」という意味になるのです。
「盂蘭盆」を「烏藍婆拏」と説明した玄応は、サンスクリット語を理解できる大変優れた学者でした。しかし、彼はインドの地方言語までは知らなかったのです。「盂蘭」という言葉は、サンスクリット語のような学術的な場で使われる言葉ではなく、一般の人々も日常的に使うような言葉に由来するものだったのです。


偽経ではなかった『盂蘭盆経』
これで、『盂蘭盆経』への誤解が一つ解けました。では、もう一つの問題である「偽経と考えられてきたこと」についてはどうでしょうか。『盂蘭盆経』が偽経と見なされてきた理由は、大きく分けて二つあります。
まず一つめは、このお経が6世紀初頭の経典目録では「訳者不明」とされているのに、6世紀末の目録からは急に、竺法護(じくほうご)という有名な翻訳者によって翻訳されたことになっている点です。「本当に彼が翻訳したのかな?」と、少し疑わしい気持ちになってしまいますよね。二つめは、中国的な雰囲気が強いという点です。例えば、「道眼」や「孝順」といった、あまり仏教的ではない表現が見られることや、お経の中で目連の母親に対する孝行話が登場する点は、「孝」の精神を大切にする中国的な発想であると考えられてきました。翻訳者がはっきりしていなかったり、使われている言葉や内容が中国的であったりすると、「インドで作られたお経ではない」、つまり偽経である可能性が疑われてしまいます。このように、『盂蘭盆経』は確かに疑われやすい要素を持っているのです。
ところが、この問題についても、同じく辛嶋氏によって『盂蘭盆経』が偽経ではないことが明らかにされました。問題とされてきた「道眼」や「孝順」という言葉は、鳩摩羅什(くまらじゅう:344~413年、一説には350~409年)以前に翻訳されたお経ではよく見られる古い訳語であり、偽経である根拠にはならないというのです。
ほかにも、「私」のことを、鳩摩羅什以降によく使われる「我」だけでなく、竺法護が使う「吾」と訳すなど、古風な翻訳語がみられます。したがって、このお経は偽経というよりはむしろ、竺法護が訳したかどうかはともかくとして、彼と近い時期の、成立の古いお経である可能性が高いのだそうです。


さらに、親孝行を強調する点も中国的だとされてきましたが、これに対しても疑問が呈されています。親を大切に思う気持ちは、国を問わず共通する心情ではないでしょうか。事実、インドにも両親やご祖先を大切にすることを説くお経が多数存在していることは、入澤氏や辛嶋氏をはじめとした研究者によって指摘されています。また、インドやパキスタンで出土する碑文にも、「僧院や仏像を寄付したという善い行いを、亡くなった父母へ廻向(えこう:功徳を差し向けること)したい」という趣旨の言葉が多く見られます。こうした事実を踏まえると、『盂蘭盆経』を偽経とみる必要はなくなるのです。


『盂蘭盆経』に語られる行事
以上、「盂蘭盆」にまつわる二つの「常識」が、実は誤解であったことをみてきました。『盂蘭盆経』はインドにルーツを持つお経であり、自恣の日に僧侶へご飯の入った鉢を捧げるという、伝統的な仏教行事について説かれたものだったのです。
日本を含む東アジア一帯では、旧暦の7月15日に自恣の日(お盆)を迎えますが、東南アジアでは西暦10月の満月の日を自恣の日と捉え、竹などで作った船を川に流す行事が行われていることを、辛嶋氏は指摘しています。仏教が辿ってきた道のあちこちで、呼び方や方法は違っても、いまなお同じ行事が守り伝えられ、行われ続けているのですね。

【参考文献・引用】
『季刊せいてん no.123』(『盂蘭盆経』への誤解 / 龍谷大学非常勤講師・打本和音)
入澤崇(1990)「仏説盂蘭盆經成立考」『佛教學研究』45・46
辛嶋静志(2013)「The Meaning of Yulanpen 盂蘭盆 : "Rice Bowl" on Pravāraṇā Day」『創価大学 国際仏教学高等研究所年報』16

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2026年07月15日