【根拠となる仏説観の伝統(1)】
『大乗荘厳経論』の主張は「広大甚深なる大乗は、法性に反しないものであり、仏のさとりをもたらすものであるから仏説である」と要約できるでしょう。
大乗の教説者よりも教説内容を重視したこの主張は、一見すると勝手な独断のようです。
しかし実は大乗以前の仏説論を踏まえたものといえます。
というのも「ある教説が仏の教えとして相応しいものであれば仏教といえる」という考えは、先の『涅槃経』の経文に示されるように、もともと原始経典にある考えであり、諸部派も認めています。
ただし厳密には「法性に反しないものは仏語である」という経文は、説一切有部など一部の部派の『涅槃経』にはあるものの、南方上座部に伝えられた『涅槃経』にはありません。
しかし南方上座部の増支部の経典には「なんであれ善く説かれたものは、すべて尊敬されるべき世尊たる正等覚者の言葉である」という文があります。
では一体なぜ原始経典はこのようなことを説くのでしょうか。
ひとつ手がかりとなるのは、原始経典の中で仏以外の者による説法が占める位置の高さです。仏弟子が説法すること自体は大乗経典にもよくあることですが、あくまで主たる説教者は仏(お釈迦さま)であることが前提です。
ところが原始経典には驚くべきことに「如是我聞。一時尊者摩訶迦旃延住」といった仏弟子が主役であることを示す冒頭文に始まり(『雜阿含經卷第九』)、続いてひたすら仏弟子の説法が記され、ついに釈尊が登場しないままに終わるような経典が存在するのです。
このような経典の存在を前述の結集伝承とどう整合するのかという問題はさておき、仏弟子の教説が原始経典として収録されるには、それを許すような経典観や仏説観が形成されていなければなりません。
これまでに見た『涅槃経』や増支部経典の経文は、そうした仏説観を端的に示した例と考えられます。