水に溺れたる者②

前回の続き)浄土真宗は「悪人正機」の教えです。

ここでの悪人とは犯罪者を意味する言葉ではありません。仏さまの教えに触れて自ら省りみて出遇う言葉です。
「水に溺れる人」「病気の人」が先ず救助や治療の対象となるように、浄土真宗では阿弥陀如来が真っ先に救おうとされている「煩悩に溺れる私」「罪業深重の私」を悪人といいます。

以前、肌がかぶれてしまったため、皮膚科の病院に向かいました。その日は混雑しており、診察までかなり待ちました。

もうすぐ私の番……となったその先に「すみません、こちらの患者さんを先に診ます!」と大慌てで看護士さんたちが一人の子どもを連れ、私を追い抜かして診察室に入っていきます。

「先に待っていたのは自分なのに! 追い抜かすなんて!」

と腹が立っていたところ、看護士の方が「この子、目を蜂に刺されてしまったんです!」と言いました。

それを聞いて「それなら仕方がないか」と私の溜飲も下がったのです。

社会の理屈で考えると「後から来た人」より「先に並んでいる人」が優先されるのは当たり前の話です。

ところが病院やお医者さんは違います。より緊急性の高い重病患者が優先されます。

これは浄土真宗の教えも同様です。社会の理屈で考えると、賢くて立派で強い人間が優先されるべきと考えるのかもしれません。

しかし阿弥陀如来の救いとは「煩悩に溺れる私」「罪業深重の私」……つまり悪人を最優先にした救いです。

悪人正機」とはそうした仏さまの救いの性質を表した言葉なのです。

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2025年07月15日