人にされて

「自分がされて嫌なことは、他の人にしてはいけない」

という言葉はよく聞きます。


しかし、価値観は人それぞれですから、自分がされて嫌なことが、相手にとって嫌なことかは分かりません。

その反対も然り。

例えば、「自分がされて嬉しかったことを相手にしたら迷惑だった……」という話は世の中に溢れかえっています。

さらに、行動を起こした側は、大体は見返りを期待しますから

「私は親切をしてあげたのに、相手に失礼な態度をとられた」

と、思った通りの反応を得られなかったことに怒りを覚えるでしょう。相手にとっては有り難迷惑な話です。


「自分はされたら嬉しいor嫌だけど、相手にとってはどうだろうか」

という想像力を働かせるのは人間関係にとって大切なことです。


ところが、いくら想像力を働かせたところで相手の本当の気持ちなんか分かるわけありません。


血を分けた親子であっても、長年連れ添った夫婦であっても、本当にお互いのことをすべて理解しているかと言ったら、そんなことはないのです。

想像力を働かせたら最善の結果を簡単に得られるのかといえば、そこまで世の中は甘くありません。


こうした理屈を重ねると、

「では、何も行動しなくていいのでしょうか?」

もしくは、

「相手がどう思おうと関係なく、自己満足で動けばいいのでしょうか?」

と、極論に陥りやすいのですが、「誰かの役に立って受け入れられたい」という人間の欲求に抗うのではなく、「どれだけ人のために想像力を働かせて行動しても、人を傷つけてしまうことがある」という心づもりを持って生きるしかないのではないのでしょうか。

そこまで簡単に割り切れないのが人間ですが。

合掌

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2020年02月01日