浄土真宗は「阿弥陀如来(阿弥陀仏)」という仏さまによる救いが教義の中心です。
阿弥陀如来をさす言葉は「阿弥陀」以外にも、経典には「無量光」「無量寿」があります。
「阿弥陀」は音写という翻訳方法による名称です。音写とは、「元になっている原語の発音にあった音の文字を当てて翻訳することです。
たとえば私たちが英語を翻訳する際に「Asia」という言葉の発音をそのまま「亜細亜」や「アジア」と漢字やカタカナで書き写すのも音写です。このときに「亜」や「細」といった漢字そのものには特に意味はありません。
音写された「阿弥陀」の名称も、当時の翻訳家が耳にしたであろう原語の発音が残されているだけで、一字一字に意味はないということです。
要するに「阿弥陀」の元になった言葉とは、当時から「アミダ」に近い音で発音されていたことが予想されます。
古代インドの言語であるサンスクリット語(梵語)に「アミダ」と発音の近い「amita(アミタ)」という語があります。この語は「量り知れない」の意味で「無量」と翻訳します。
昔から「阿弥陀」の元となった言語は、サンスクリット語の「amita(アミタ)」とする見解が根強くあります。
しかしサンスクリット語で書かれたお経には、阿弥陀仏のことを「amita(アミタ)」と呼ぶ記述はありません。
サンスクリット語の経典には阿弥陀仏を「Amitābha(アミターバ)」、あるいは「Amitāyus(アミターユス)」と呼ぶものがほとんどです。
「Amitābha(アミターバ)」は「無量の光をもつ者」という意味で「無量光」と翻訳されます。
「Amitāyus(アミターユス)」は「無量の寿命をもつ者」という意味で「無量寿」と翻訳されます。
では、阿弥陀の原語は「Amitābha(アミターバ)」「Amitāyus(アミターユス)」のふたつである……かというと、そう簡単にはいかないのです。
なぜなら「アミダ」と「アミターバ」「アミターユス」では、そもそも音節の数(=文字数)が合っていないからです。
ここで改めなければいけないのが「漢字のお経の元になっているのはサンスクリット語のお経である」という考え方です。
僧侶の中にも「私たちが読んでいるお経は、もともとサンスクリット語で書かれたものの翻訳である」と認識している方は多いのではないでしょうか。
ところが「阿弥陀」の名称が初めて登場するお経は2世紀ごろに翻訳されています。それらの経典はサンスクリット語ではなく、ガンダーラ語(インド北西部のガンダーラ地方で用いられていた言語)で書かれていることが明らかになっています。
つまり「阿弥陀」の元になっている原語もガンダーラ語であったと考えられるのです。
近年、ガンダーラ語の専門家である辛嶋静志先生によって、言語学的な検証に基づく以下の見解が発表されました。(論文リンク)
サンスクリット語の「Amitābha(アミターバ)」はガンダーラ語では「Amitāha」あるいは「Amidāha」となり、それぞれ「アミターア(Amitāha)」「アミダーア(Amidāha)」と発音します。
ガンダーラ語の「Amitāha(アミターア)」「Amidāha(アミダーア)」は「無量の光をもつもの」の意味です。
リズムに規則がある韻文(偈)のなかでは語末の音の変化が生じ、掛詞のように二重の意味を持って「無量の寿命をもつもの」の意味でも理解ができます。
さらに2世紀ごろの翻訳では語末の母音「ア」を省略して音訳することがあります。「アミターア」「アミダーア」も最後の「ア」が省略され、最終的に「阿弥陀(アミダ)」と音写されたのでしょう。
なお、阿弥陀如来が最初から「無量の光と寿命をもつ仏」として信仰されていたわけではありません。
浄土三部経のひとつである『仏説無量寿経』と同じ系統の『大阿弥陀経』は2世紀ごろに翻訳されました。「阿弥陀」の名称が登場する最初期の経典のひとつです。
この経典には阿弥陀如来は「すぐれた光をもつ仏」として説かれています。
寿命については「とても長い寿命である」と述べられていますが、最終的に「阿弥陀如来は入滅する」と説かれています。
サンスクリット語で経典が書かれるようになったのは3~4世紀以降であるといわれています。ガンダーラ語からサンスクリット語へと変化していくなかで、前述した「アミターア」「アミダーア」の「無量の寿命をもつもの」という意味の方にも注目が集まりました。
その結果、阿弥陀如来が「無量の光と寿命をもつもの」として認識されるにいたったと考えられます。
実際に5世紀にサンスクリット語を原本として翻訳された『仏説無量寿経』では、阿弥陀如来の特徴として「碍(さまた)げのない光と限りのない寿命」がセットで説かれています。
同時期の『仏説阿弥陀経』には阿弥陀如来が「無量光」「無量寿」と呼ばれる理由が具体的に述べられています。
【結論】
音写語「阿弥陀」の元になっている原語は、どうやらサンスクリット語「Amitābha(アミターバ)」「Amitāyus(アミターユス)」ではなく、「無量の光をもつもの」を意味する「Amitāha(アミターア)」あるいは「Amidāha(アミダーア)」であった可能性が高いようです。
そして4世紀ごろから阿弥陀如来は「無量の光と寿命をもつ仏」として人々に信仰されていったと考えられます。
〈参考『季刊せいてん』より〉
阿弥陀仏 - 新纂浄土宗大辞典