他力浄土門

浄土真宗では、仏教の教えはふたつに分けられるといいます。


ひとつ目は「聖道門(しょうどうもん)」。自力の修行によって、この世でさとりをひらくことを説きます。


ふたつ目は「浄土門(じょうどもん)」。阿弥陀如来の「一切衆生をさとらせる」という願いとはたらき(他力)によって、浄土に往生してさとりをひらくことを説きます。


浄土真宗は後者ですが、一般的には仏教といえば前者のイメージが強いです。
そのため、お坊さんといえば本来は世俗を捨てて厳しい修行を重ねることで、執着や欲望といった煩悩を断ってさとりをめざしていると考える人が多いでしょう。


ただ、出家したお坊さんは良いかも知れませんが、犠牲になった家族はどうなるのでしょうか。


鎌倉時代に西行(さいぎょう)という僧侶がいました。歌人として有名で、『新古今和歌集』には94首が選ばれています。
僧侶となる前は「北面武士」といって院御所の北側の部屋に詰めて、上皇の身辺を警衛。鳥羽上皇に直接仕える身であり、高い官位も持っていたため、上皇からの信頼も篤かったようです。


しかし、23歳の時に僧侶となりました。出家の理由は「無常を感じたため」「悲恋のため」「親しく仕えていた待賢門院や崇徳院が疎外される政治状況に嫌気がさした」など諸説あります。
いずれにしても妻と2歳になる娘がいたといいますから、それなりの決意であったことでしょう。出家後は京都の嵯峨や鞍馬の奥にこもったり、伊勢を行脚していたようです。その後は高野山で聖(ひじり)の生活に入りました。


家族を捨てて2~3年が経ったある日、都まで出てきたついでに、ふとわが子の様子がどうしても見たくなります。
かつて住んでいた邸(やしき)に立ち寄り、外からこっそり中庭を覗きました。


5歳ばかりになった娘は、大変なお転婆ぶりを発揮。みすぼらしい身なりをして、低い身分の子どもたちと遊んでいます。それでも髪は女の子らしく肩まで伸び、顔立ちも美しい。
そんな娘のすがたを胸がつぶれる思いで見ていると、気づかれてしまいました。

「うわ、変なお坊さんがいる」

娘は西行のことを父親であるとは分からず、家の中へ逃げていきます。


「愛するわが子との繋がりを捨ててまで出家をすることに意味があったのだろうか」と西行は悩んだことでしょう。
それと同時に西行はこの時に見た娘の身なりや立ち振る舞いが気になりました。ただでさえ自分の手の届かないところにいるので、もっとしっかりとした家庭においてあげた方がいいのではないかと考えます。
そこで、妻の叔母にあたる冷泉殿という貴族出身の女性に娘を育てるようにお願いしました。


冷泉殿は、自分の娘として可愛がると約束してくれましたが、やはりお転婆でやんちゃだった西行の娘は扱いづらかったようで、そうとうに手を焼いたといいます。
娘からしても、自分を捨てていった父親の都合で母親から離され、厄介者扱いを受けながら生きていかなくてはいけない結果となりました。


西行の出家によって、西行に捨てられた娘もまた辛い境遇のなかで厳しい生活を強いられることになったのです。
家族や生活を犠牲にしながら歩まねばならない聖道門の仏道は、自分だけでなく周囲の人たちにも大きく影響を及ぼす厳しく険しいものなのかも知れません。


偉人と呼ばれる人たちは時間や家族、時には生命をも犠牲にして大きな功績を挙げています。ですから、私たちの頭の中には、犠牲を払わずに良い結果は得られないという考え方が根付いているように思います。


そのため、多くを手放していく聖道門の仏教に対して、浄土真宗のように私が何かを犠牲にすることのない教えは、少し物足りなく感じるのかも知れません。


しかし、世の中には執着から離れられず犠牲を払うことのできない弱い人間も多くいます。では、仏教はそうした人間に用事がないのかといえば、そうではありません。そうした人であるからこそ阿弥陀如来の慈悲の心は深く強く響いていくのです。


ある男女の話です。男性は浄土真宗の僧侶で、女性は企業に勤めています。

別院と呼ばれる大きなお寺で大法要が数日間に渡って修められている時のことでした。男性は、法要のお手伝いと出勤のために毎日のように別院へ通います。


そんな時に女性の方が風邪を引いてしまったと連絡がありました。男性は法要が終わって看病に向かいますが、思った以上に酷い症状です。その日は家に泊まって、様態を見ることにしました。


次の日の朝、女性の熱は下がりません。男性は法要に出勤しなくてはいけない時間となりましたが、今日は休んで彼女の看病をして過ごすことにします。


懸命な看病の甲斐があって、夜になる頃には次の日の仕事に復帰できるほどに女性の体調は回復しました。その時に、女性は男性に対してこう言ったそうです。

「貴方が浄土真宗のお坊さんで良かったと思います」

「なんでですか?」

「もしも他の仕事に就いていたら、こんなことで仕事を休むわけにはいきません。
また、法要を一生懸命に勤めて修行しなければいないという宗派のお坊さんだったら私には構わずに法要に参加しなければならなかったはずです。
しかし、貴方が浄土真宗のお坊さんであったからこそ、こうして私の看病をしてもらえたのだと考えると、貴方が浄土真宗のお坊さんであることが良かったと思うのです」


その時に男性もまた気が付きました。もしも浄土真宗が周りを犠牲にしていかなければならない仏道だったら、今こうして近くにいる大事な人のことも捨てなければならなかったと。
もちろん、それができるほど一直線にさとりを求める強い人間であれば問題にはならないかも知れませんが、自分はそうではありません。


阿弥陀如来という仏さまは私の愚かさや弱さをすべてご存知の仏さまです。
そうであるからこそ、何かを犠牲にして強い人間となって前に進んでこいとはおっしゃいません。

「あなたのところに私が南無阿弥陀仏と出向いていくよ」と温かく包み込んでくださる仏さまです。

法話一覧

2017年11月12日