阿弥陀如来という仏さまは、私のいのちに「南無阿弥陀仏(なもあみだぶつ)」とお念仏のはたらきとなってお越しくださる仏さまです。

大切なのは、「私が何をなすべきか」ではなく、「仏さまが私に何をしてくださったのか」を聞くことです。
「聞く」といっても、理屈を聞いて知って覚えることが重要なのではありません。
今、仏さまが「南無阿弥陀仏」とはたらいて、私のいのちの上に現れでてくださり、私の口から「なんまんだぶつ」のお念仏となって溢れ出てくださる真実を聞き受けるのです。

もしも、私たちのなかに「阿弥陀如来という仏さまがいらっしゃる」「いま、南無阿弥陀仏とこの身に入り満ちてくださる」という認識があるとすれば、それこそが仏さまのはたらきによるものです。
例えば、「阿弥陀如来は、キリスト教の神様や大日如来とは違う」ということを知っているのであれば、それは仏さまのはたらきが私の認識として現れ出てくださっている証拠となります。

何故なら、認識とは決して自分が自分の力で作り上げるものではありません。いつでも外からのはたらきかけによって生まれます。
仏さまのはたらきは、私が知らないうちに「仏さま」という認識を与えてくださいます。もちろん、これは仏教だけの話ではありません。

手塚治虫氏のよる漫画作品『ブラック・ジャック』。無免許の医者でありながら天才的技術を持つブラック・ジャックが主人公の医療漫画です。

紹介するエピソードの主役は、外国でガイドをしている青年のアジジ。

日本からやってきたサラリーマンの天堂一郎を案内していると、不慮の事故が起こって天堂は死んでしまいます。

アジジは天堂の死体から大金とパスポートを見つけました。
「こいつは日本のエリートサラリーマン……それに比べて俺はスラム出身の貧乏人だ。ここならこいつの死体が発見されることはない。このパスポートと金は有効に活用させてもらう」

後日、ブラックジャックを呼び出したアジジは、なんと自分の顔を天堂一郎そっくりに整形。死んだ天堂に成り代わって、彼の財産を奪おうと考えたのです。

半年間、日本の言葉や文化を勉強した後に来日。空港で待っていたのは、天堂の母親でした。
「(こいつはやっかいだぞ。なにしろ母親だからな)」
声の違いでバレないように、ショックで声が出なくなったとジェスチャー。
「一郎、よく無事だったね。お母さんだよ。声が出なくなったのは残念だけど……でも、いのちがあっただけでも良かった。さぁ、よく顔を見せておくれ。

やっぱりお前だね。何年も外国に行っていたけど、お前はちっとも変わってないね」
「(よし、うまく誤魔化せたみたいだな)」
「お前がいなくて私は心細かったわ。途方に暮れていたの。お前の会社、潰れたでしょ?」
「(なんだと!?)」
「しかもお前の保証人になっていた共同経営者が借金をこさえて逃げてしまって……家も手放し、一文無しで、親戚もいなくて、これからどうやって暮らしていこうかと。
そんなときにお前が帰ってきてくれて良かったよ、一郎」
「(どうなってやがるんだ!?)」

ふたりが帰ってきたのは年季の入ったアパート。
「(冗談じゃない。こんな風になるために日本に来たんじゃないぞ。天堂の資産や預金を手に入れるつもりが、手に入ったのは余計なお荷物だけなんて……!)」

ブラックジャックのもとを尋ねますが、お金がなければ元の顔に戻すことはできないと断られます。

仕方がなくアパートに戻ると、温かい夕飯と布団が準備されていました。
「(あのババア……チヤホヤしやがって。所詮は他人だ。こうなったら骨の髄までしゃぶってやる。徹底的にこき使ってやるぜ)」

夜なべして編み物をしている天堂の母親を見て、アジジは自分の母親のことを思い出します。

「(俺の母親はまるで鬼だった。俺は小さいときからこき使われ、ひっぱたかれて育った。まるで道具みたいに扱われたんだ。世間では母親の愛と言うが、まるっきり信じられなかった。冷たくて、強欲で、俺の稼ぎはすべて取り上げられ、何も与えてくれなかった。

俺は母親なんてものは信用しない。ましてや、赤の他人の面倒なんか誰が見るもんか。自分の食い扶持だけ心配すればいい。

幸い、この国は俺の国より金がいい。それだけでも俺はツイている)」

しばらくすると、天堂の母親が手編みのセーターをプレゼントしてくれました。
「(温かい……これは良い物をもらった。確かに、あんたは良い人だ。だが、金はやるもんか)」

ある日の仕事帰りに街中で露店を開く天堂の母親を見つけました。少しでも息子の生活費の足しになればと母親の思いからであったようです。
しかし、勝手に商売をしていたことがたたって、悪い人たちに店を荒らされ殴られてしまいます。

その光景を見て見ぬ振りをしたアジジは気まずさから遠回りをして帰宅。すると、家には足を怪我した天堂の母親の姿がありました。
文句ひとつ言わずに夕飯の支度をする母親を見て、アジジの中で何かが動きました。

次の日──、
「プレゼントだよ、母さん」
「一郎!あなた喋れるようになったのね!」
「プレゼント、あけてみてよ」

「それよりも、もう一度『母さん』と言ってくれないかい?」
「母さん、母さん、母さん……もう大丈夫だよ。会社は潰れちまったけど、母さんとふたりで食べていくくらいは俺がなんとかするから。もう何も心配しなくていいよ」

天堂一郎として母親と生きていくことを決めたアジジは、真面目に働きながら母親と楽しく幸せに過ごしました。

「俺は手に入れた!子どものころから欲しいと思っていた理想の家族を、本当の家族を!」
物語の結末

ここで終わっても十分に良い話なのですが、まだ驚きの展開があります。

「(俺はこんなにいい人を息子だと言って騙しているのか……)」

天堂の心には母親を騙している葛藤もありました。そんな中で、少しでも本当の息子に近づけるように親子の思い出を探していると、母親の入れ歯が見つかりました。

「あれ、入れ歯があるよ?変だな……母さんには歯があるのに」

突然、母親は家を飛び出してしまいます。急いで探しに行くと、公園で苦しそうにうずくまっている母親の姿が。病院に連れて行くと、急性肺炎で非常に危ない状態だと判明しました。

「もしもし、ブラックジャック先生!母さんを助けてくれ!とても危険な状態なんだ!」
「分かった。ところで、母親とはうまくいってたのか?」
「あぁ、もちろんだ。あの人は俺のかけがえのない母親だ。たったひとりの家族なんだ。金なら一生かけてもなんとかする!頼む、母さんを救ってくれ!」

ブラックジャックが駆け付けると、母親は非常に危険な状態でした。
「先生、手術は必要ありません。自分の身体のことは自分が1番分かっています。きっと私は罰が当たったんです。それよりも、一郎を呼んでもらえますか?」

「母さん!」
「一郎や……私はもうダメだよ」
「何を言っているんだ!母さんは助かるよ!」
「意識がある内に、あなたにぜひ聞いて欲しいことがあるの」
「僕もあるんだ……母さん、実は僕──」

「一郎、実は私──あなたの本当の母親じゃないの!」
「えぇ!?」
「あなたの本当のお母さんは1年前に亡くなったの。私は赤の他人なのよ」
「え、いや、でも」

「私は天堂家で住み込みの家政婦をしていました。突然亡くなった奥様となりかわって、私は何食わぬ顔でお屋敷と財産を手に入れたのです。

ところが、会社が潰れ、屋敷も財産も取られてしまった。今更、天堂夫人でないとは言えません。私はあなたにすがるしかなかった」
「だけど、その顔は……?」
「奥様そっくりの顔に整形してもらったの。ブラックジャック先生に」
「ブラックジャック!?それじゃ、あいつ……」
「私は偽物と分かってしまうのではないかって、毎日心配で仕方がありませんでした。だけど、あなたは本当にいい息子でした。私には子どもがいなかったから、あなたと暮らす内に本当の息子のように思えてきて……騙したこと許してください。でも、こんな幸せな経験は今までなかった」

「母さん!俺も、俺も話があるんだよ」
「まだ、私のことを母さんと呼んでくれるのね……うれしい」

「母さん、母さん!何度だって呼ぶよ!だからお願いだ、もっと僕とずっと一緒に……」

母親を看取った一郎は、新しい人生を歩み始めるのでした【完】

現実ではあり得ないフィクションならではの話ですが、感動的なストーリーです。
この親子は血の繋がった親子ではありません。しかし、とても深い絆で結ばれているようにも感じます。

「世間でいう母親の愛情なんか信じられない」という青年が母親を母親として認識して「母さん」と呼ぶことができたのはなぜでしょうか。

それは母親が「この子の親でありたい」という願いをもって、その願いの通りに親として行動をし続けていたからです。
その結果、彼の中には「この人は私の母親である」と認識が生まれ、「母さん」と呼ぶことができたのです。

もしも、私たちに「阿弥陀如来という仏さまがいらっしゃる」「その仏さまは私を捨てることがない仏さまである」という認識があるとすれば、それは自分で作り上げたものではありません。
阿弥陀如来の願いと行いが私のところに届いているからこそ生まれたものです。

阿弥陀如来という仏さまは、私のいのちに「南無阿弥陀仏(なもあみだぶつ)」とお念仏のはたらきとなってお越しくださる仏さまです。
「あなたを救う仏がともにいますよ」と仏さまが私の身に現れ出てくださる真実に出遇っていくのが浄土真宗です。