栃木県宇都宮市にある安養寺(あんにょうじ)というお寺にお参りしました。
2024年には創建800周年を迎え、親鸞聖人開基とも伝えられる古刹です。
稱名寺の坊守の生家もそうですが、関東にある古い浄土真宗のお寺には、さまざまな聖人にまつわる伝承が残っています。
こちらのお寺に伝わっているのが「大蛇済度(だいじゃさいど)」というお話です。
栃木県下都賀郡に河合兵部という人がいました。
妻はとても強欲で嫉妬深く、夫を殺して大蛇へと姿を変えます。
大蛇が国中の女性を襲うので、人びとは神主に大蛇の怒りを鎮めるようにお願いをしました。
神主は大蛇を大光寺の池に神として祀り、毎年くじ引きで選んだ14歳以上の女性を生け贄として捧げることに。
ある年に、神主であった大澤友宗の一人娘が生け贄に選ばれます。
神主は関東を布教していた親鸞聖人に対して「いのちを終えていかねばならない娘に対して仏教の教えを説いてください」とお願いしました。
「阿弥陀如来という仏さまは、すべての生きとし生けるものすくい取る仏さまです。善人であっても悪人であっても、男性であっても女性であっても、子どもであっても老人であっても。あなたはひとりではありません。南無阿弥陀仏の仏さまとともに参っていくお浄土がありますよ」
聖人のお説教を聞いた娘は信心決定し、大いに歓喜したといいます。
さて、いよいよ運命の日がやってきました。
娘は涙を流して両親に別れを告げます。
生け贄の祭壇のうえで西に向かって合掌し、お念仏を称えます。
しばらくすると暗雲が立ちこめ風が吹き荒れるなか、大蛇がすがたを現しました。
真っ赤な舌を出して、生け贄を襲おうとしたそのときのことです。
念仏者を護らんとするありとあらゆる仏さま、菩薩さま、神々が娘を取り囲みます。大蛇は娘に近づくこともできず、池の底へと沈んでいきました。
娘は慶んで家に帰って、父母と再会。親鸞聖人の門弟となって、生涯にわたってご恩報謝の生活を続けたといいます。
この噂を聞きつけて、たくさんの人たちが聖人の元に集まりました。
しばらくしてひとりの老人が聖人のもとにやってきます。
「今回はなんとかなりましたが、次の世代の人びとにも安心して暮らして欲しいので、大蛇自身なんとかしてもらえませんでしょうか」
聖人は大蛇の潜む池の近くに住み、大蛇に対して100日間、教化を続けました。
大蛇は元の女性のすがたに戻り、聖人の前に跪いて「大蛇となった私にも阿弥陀さまのお慈悲が届いていたのですね。お浄土へ参って仏さまとさせていただくことができるのですね」と涙を流してお礼を言います。
その際に、自身の往生の証拠として大蛇であったときの爪を聖人に渡しました。この爪は現在も安養寺に保管されています。
西方から紫雲がたなびき、女性は美しく輝く菩薩となって去って行きました。
それだけでなく、周囲には芳しい香りが満ちて、一週間にわたって天から花が降り続けたといいます。まるで安養浄土(極楽浄土)の景色のようでありました。
そのことからこの地域を「花見ヶ丘」と呼び、安養寺というお寺が建立されました。※現在は移転しています。
聖人は弟子の順信房にお寺を譲ってまた旅に出たのでした。(参考「花見岡安養寺略縁起」)
大蛇が登場する似たような伝承は安養寺以外の各地にも残っています。
もしかしたら歴史的事実ではないかも知れませんが、こうした伝承や物語には理屈では決して伝えることができない宗教的真実が宿っています。
この物語にも心に蛇蠍を抱える凡夫のすがたや、迷いのいのちが救われていく宗教的真実が根底にあるのです。
合掌