真宗大谷派の鈴木章子(あやこ)さんという女性のお話をご紹介します。

鈴木さんは42歳の時に乳がんが見つかり、肺などに転移。5年間の闘病生活の末、1988(昭和63)年12月31日に47歳で命終されました。
闘病中、たくさんの詩をお子さんたちに書き残されています。そのなかの一つに「幸福をよぶお茶」という詩があります。
誰から私の病を聞いたのか
「幸福をよぶお茶」というのを 売りにきた
癌の末期患者が治るとの事
「いつ死んでもよし」と
生への執着を離したつもりが こんな話を聞くたび
ふと その気になる
仲々 離しきれぬ手を見せてくれる
この詩を読むと「つらいときに無理をして頑張らなくてもいい」と言われているような気になります。鈴木さんは生に執着する自分を否定することなく、そのまま受け入れています。仏さまの教えを大切にされていたことがよくわかります。

もし私が命に関わる病気を患ったら、取り乱して泣き叫ぶかもしれません。もし仏法に出遇っていなかったら、そんな自分を否定し、ただ絶望して苦しみを増幅させてしまうだけでしょう。
私たちは元気なとき、人間の理想のすがたを描きながら毎日を過ごしがちです。ところが自分の存在そのものが脅かされるような状況に陥ると、理想的なすがたではいられなくなります。うろたえて恨み言も出るでしょう。
健康なときには見向きもしなかった「幸福をよぶお茶」のようなモノに手を出すかもしれません。とても理想的な自分ではいられなくなります。しかしそんな醜くて愚かな自分も現実の私のすがたなのです。

鈴木さんはがんを患って、理想的なすがたではいられない状況になりました。しかし鈴木さんはすでに仏法に出遇われていました。
仏さまの教えによって、仏さまにそのまま受け入れられる自分をよく知っていたからこそ、理想像とはかけ離れた「ありのままの自分」を受け入れることができたのでしょう。鈴木さんの詩を読んでいると、そうしたしなやかな生き方に温かい気持ちを抱きます。

真実の仏さまは私たちに何か理想を求めることはありません。「そのままのあなたを救う」と私たちのもとに「南無阿弥陀仏」のお念仏の声の仏さまとなって届いてくださいます。
(参考・引用『癌告知のあとで』&『いのちの栞 香りが染みついていくように』)