「春・夏・秋・冬では、どの季節が好きですか?」
「夏は暑いし、冬は寒いから春か秋かな……でも、春は花粉が飛んでいるから、やっぱり秋が好きです」
こういう会話をした経験が、誰にでも一度はあると思います。
私は春のスギやヒノキはもちろんのこと、秋のブタクサやヨモギの花粉にもアレルギーがあります。どの季節もそれなりに辛いです。
花粉症は、いつから人間を悩ませているのか。どうやら大昔は、花粉症という病気はなかったと聞きます。
そのルーツを辿っていくと、地球で最初のほ乳類が誕生した二億年前にまで遡ります。まだ恐竜が存在していた時代です。
当時のほ乳類を苦しめていたのは花粉ではなく、皮膚にくっついて血を吸う吸血ダニだったとか。
しかし進化の過程で、ほ乳類は吸血ダニに対する新しい免疫システムを手に入れます。この免疫システムは、吸血ダニを異物と判断し、退治する物質(ヒスタミン)を放出。こうして、ほ乳類は吸血ダニに勝利を収めます。
時は流れて今の日本はどうでしょうか。比較的、清潔な環境が保たれており、ダニに悩まされるという話はあまり聞きません。すると、行き場を失った吸血ダニ撃退システムが暴走。外部から入ってくるものを、敵と勘違いして攻撃をはじめます。
このときに、私たちの身体が吸血ダニと間違えるのが、スギやヒノキの花粉だといいます。花粉が侵入してくると、免疫システムが発動し、吸血ダニ退治の物質を出す……そのせいで、目がかゆくなったり、くしゃみをしたりするようになるわけです。
つまり、花粉症という病気は、私たちの環境があまりにも清潔になりすぎることでもたらされた病気だということが分かります。
自分の身を守ろうとする仕組みが、かえって自分を苦しめるというのはなんとも皮肉なものです。
でも、これは花粉だけではないように思います。
自分を守ろうとするのは、身体だけでなく、心も同じです。
人間の煩悩のはたらきには、自我への執着が挙げられます。“私”という枠を作って、自分を中心にしか生きることができない本質を“我執(がしゅう)”と呼びます。
その自分が危なくなれば、必ず自分を守るための免疫システムがはたらきます。
築地本願寺 銀座サロンでの活動をはじめ、人の悩みに耳を傾ける機会が少しあります。よく話題にあがるのは「人間関係」についてです。
最近になって日本で流行しているアドラー心理学でも「人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである」といいます。確かに、「嫌なことを言ってくる同僚がいる」「いつもイライラしている上司がいる」と悩む人は多いです。
「嫌なことを言う」「いつもイライラしている」といった攻撃的なすがたは、まさしく自分を守るための免疫反応のようなものではないでしょうか。
人間というのは不思議なもので、相手の言葉や周囲の環境は変わらなくても、自分の心に余裕があるかないかで、大きく受け止め方が変わっていきます。
心に余裕がない人は、自分の身を守るために外部に対して免疫システムが過剰に発動します。それが攻撃的な態度や、何かに依存するような行動となって表れるのでしょう。
花粉に対して涙やくしゃみが出るのと同じです。
これは自分自身の身に引き当ててみても同じことがいえます。
「腹が立つ」「物欲が止まらない」「集中できない」
何かいつもと違うなと感じるときは、きっと自分の心が知らずのうちに限界だったり、どこかで追い詰められているからではないでしょうか。
もちろん、人間のこころの動きはもっと複雑です。私がちょっと思いつくような与太話では、語り尽くすことも、解明することもできないことばかり。
ただ、周囲に自分の常識では計ることができない攻撃的な人や危ない人が現れたときは、
「あぁ、この人はきっと辛い経験や悲しい出来事があって、余裕がないんだな。心が花粉症(?)みたいなもんなんだな」
と考えると、少しだけ我慢しやすくなる気がします。
合掌