「迷惑をかけるな」と教えるのは道徳 「迷惑をかけてる」と教わるのが宗教

「家族に迷惑をかけて申し訳ない。何もできず、何の役にも立たないのだから、早く死にたい」

年を重ねて身体が不自由になり、家族の介護を受けている人の中には、そう漏らす方がおられます。若い人の中にも、重い病気にかかって寝たきりになり、「家族に迷惑ばかりをかけて自分はどうしようもない人間だ」と、自身を責めている方もおられるでしょう。

なるべく家族や人様に迷惑をかけたくないと思うのは、人間として率直な気持ちであり、可能ならそうできるに越したことはないと思います。しかし、たとえ迷惑をかけていたとしても、生きていて意味のない人間は一人もいません。たとえば、第三者が介護している家族を見て、「睡眠時間を削り、生活を犠牲にして、さぞ辛い思いをしているだろう」と考えるかも知れません。しかし、被介護者が亡くなったあとで、介護をしていた家族の方に話を聞くと、「いえ、何の苦労も辛い思いもしていません。むしろ精一杯やったという充実感があります」との答えが返ってきたりします。

介護(看護)を受けている方が、「家族に迷惑をかけている」と心苦しく思う気持ちはわかりますが、このように一面では生きがいのきっかけや貴重な体験の機会を家族に提供している場合もあるのです。プラスのはたらきにも目を向け、「何の役にも立たない」などと、あまり卑屈になることはありません。

人間は、親のもとにオギャーと生まれ、母乳をもらい、おむつを替えてもらうなどの世話を受けながら育ちます。自分では何もできず、夜泣きで親は眠れないなど、それこそ迷惑をかけてばかりです。やがて立って歩き、言葉を覚え、大きくなっていきますが、親にとっては、夜泣きで眠れなかった夜までもが大切な思い出となります。

大きくなる過程で、時には親に反発したり、親とケンカしたこともあったでしょう。嬉しいこと、楽しいこと、悲しいことなど、その人の生きてきた人生は、親や兄弟、親戚と培ってきた何ものにも代えがたい年月であり、たくさんの人びとの思い出が詰まっているのです。

人間は、広いつながりの世界で支え合って生きています。そうである限りは、家族という小さな社会においてさえ、誰にも迷惑をかけずに生きていくことは根本的に不可能なのです。

もし、心から周囲に迷惑をかけて申し訳なかったと思うのであれば、その気持ちを率直に表現すればよいのです。家族の世話にならないといけないとしたら、「ありがとう」と素直に言って世話になる。感謝の気持ちを表すことで、周りの方と新たな何かが生まれてくるでしょう。

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2016年08月01日