法名5

明日の法名の講義に備え、いろいろと予習をしています。

こういう機会がないと法名をピンポイントで勉強することがないので、有り難いご縁です。

私は勉強をしていると、いろいろな疑問が浮び、そこからオリジナルストーリーを考える癖が昔からあります。


例えば──本来であれば師匠の姓をもらって「竺道安」と名告るはずだった道安が、「釋道安」と名告ったのが法名の起源──という話を紹介しました。

しかし、「他の弟子たちは竺の姓を名告っているにも関わらず、釋の姓を名告りだした道安は周囲とトラブルにならなかっただろうか」と考えたりします。


いつの時代でも新しいことを始めると必ず批判を伴います。したがって既に竺の姓を名告っていた兄弟子たちに「勝手なことをするな」「伝統を守れ」「師匠に対するリスペクトが足りない」と道安は虐められていたのかもしれません。

虐めがなかったとしても、師匠である仏図澄は「確かにお釈迦さまが原点だから釋もでいいけど……なんだかなぁ」と思っていたかもしれないですし、実は道安が師匠の仏図澄を嫌いで竺の姓を名告りたくなくて釋を名告りだしたという可能性も決して0ではありません。


いずれにしても、現代まで「釋○○」の伝統が残っているということは、恐らく道安は素晴らしい人格者であり、みんなから尊敬されていたのではないでしょうか。
もし道安が嫌われていたら、後に続く人たちは誰も「釋○○」とは名告らなかったはずです。


ということは道安以前にも「釋○○」という名告りをしていた僧侶が存在した可能性も捨てられません。
その人にはカリスマ性がなくて、誰も真似せずに定着しなかったのでしょう。


と思案を暮れていましたが、もちろんそうした当時の人たちが抱えていた心の機微を記した資料はないので、あくまで個人的な妄想です。

合掌

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2020年09月01日