石橋壽閑

浄土真宗は「お聴聞(お説教を聞くこと)に極まる」といわれ、素晴らしい先人方の法話集が多く出版されています。


布教使たるものは、そうした先輩僧侶たちの名説法から学びなさいとよく言われます。
ということで、ここしばらくは明治大正を通じて本願寺派No.1と称讃された木村徹量師の説教集『信疑決判説教』の現代語訳に努めていました。


収録されている話の中から、『妙好人伝』を元にした有名な「石橋寿閑と錦織玄周の因縁」を紹介します。


昔々、江戸時代の寛延年間(1748-1751)のことです。石見国邑智郡高見村(現在の島根県)に、石橋寿閑(いしばしじゅかん)というお医者さんがいました。


禅宗の檀家ではあったものの、あまり仏法にご縁がない人でした。年齢は50歳ばかりで、夫婦と娘ひとりの3人家族。


また、約130km離れたと柳瀬村というところに、錦織玄周(にしごりげんしゅう)というお医者さんがいました。
とてもご法義(教え)熱心な浄土真宗の門徒であったといいます。


錦織さんは医師としての腕も確かで、遠く離れた高見村へ往診に訪ねるほどでした。
しかし、現在のように交通が発達していなければ、道路も整備されてない時代のこと。
日帰りは難しいので、錦織さんは医者仲間である石橋さんの家にたびたび泊めてもらっていました。


錦織さんは浄土真宗の教えを大切にされている人だったので、毎朝毎夕にお仏壇に手を合わせることを欠かしません。
「(石橋さんの家は禅宗だが、きっとお仏壇があるだろう)」と考えて尋ねます。


「石橋さん、いつも泊めてくださってありがとうございます。ところで、お宅のお仏壇はどこにあります?
お世話になっている石橋さんのお家の仏さまへ手を合わせてお礼を申し上げてから今日は休もうと思っていまして」


「いや、この家に仏壇なんてありませんよ」


「えっ!?どうしててですか!?あなたももう50歳になりますし、人生の依りどころ・帰するところを持たないなんて大変なことですよ」


石橋さんは笑いながら答えます。

「貴方も医師という身分に合わないことをおっしゃる。……さては、浄土真宗の坊主に欺されて“死んで浄土に参る”という話を信じているクチですか?
しかしよく考えてください。人間は、死んでしまえばそれでおしまいですよ。血は水、肉は土、体温は火、息は風──身体の仕組みをよく研究してみれば、血液が循環するからこそ、手足が動いて、話すことができるのです。血液の循環が止まれば、機械が壊れたのと一緒。
儒教・道教で用いられる『易経(えききょう)』という経典にも

精気は物を為し、游魂は変を為す。この故に鬼神の情状を知る。天地と相い似たり、故に違(たが)わず。
【現代語訳】天地万物の根本となる精気は物をつくり、肉体を離れてさまよう魂は変為(人・物・事が変化)する。このようなわけで精神と魂(鬼神)のありさまを知ることができる。天地とあい似ている。だから違わない。

とあります。死んでしまえば行灯の火が消えたも同様で、地獄や極楽へ往くわけではないことは明確です。
地獄極楽の話は、何も知らないお爺さん・お婆さんから坊主がお金を巻き上げるための道具です。

貴方のように多くの書物を読む勉強熱心な方がそんなこと言うなんてね……。

まぁ確かに地獄に墜ちるのが恐ろしければ念仏のひとつでも申して極楽に行こうと願うでしょうし、礼拝の対象として仏壇も必要でしょう。
しかし、私はそんなものを最初から信じていませんからね~」


まさかの返答に錦織さんは驚きます。ここまで自分を絶対視している人にはもう何を言っても耳には入らないだろうと思い、すぐに話題を変てその場を収めることに。

寝床に着いた錦織さんは、布団のうえに膝をつき、涙を浮かべながら、西に向かって両手を合わせました。


「あぁ、私も仏縁がなければ石橋さんのようになっていたにも関わらず、今はこうして仏法を聞く身に育てていただいた。
いつどこでいのちを終えても浄土の蓮の華に生まれる身となり、仏法を誹謗中傷する人を見ても自分の過去のすがたを振り返り、今の我が身を慶べるようになった。
石橋さんに申し訳ないですが、あのまま言い争いを続けていたらますます彼が仏法の悪口を言い、私自身も怒りの心が生まれていたところであった。
蓮如上人

無宿善の機にいたりては力およばず
【私訳】仏法を聞く機縁の熟していない人や、真剣に法を聞く気のない者に対して私が無理矢理に教えを説いても力が及びません

『御文章(ごぶんしょう)でおっしゃっている。私程度の力で教化ができるわけもなく……」

枕を濡らしながら眠りにつきました。

それからというもの、錦織さんは石橋邸に立ち寄るどころか、門前を通ることもありませんでした。


3年が経ったころ「せっかく高見村まで来ているのに、挨拶ひとつしないのも心苦しい」と思い直して石橋さんの家をうかがうことにします。

玄関には召使いの女性が出てきました。


「私は石橋先生の知り合いの錦織玄周という者です。久しぶりに近くを通ったので顔を見せに来たのですが、お忙しそうですし、私も予定があるのでこれで失礼いたします。石橋先生によろしくお伝えください」

錦織さんが立ち去ろうとすると、声を奥で聞いた石橋さんが玄関に飛び出してきました。


「錦織さんじゃないですか!これは珍しいですね!どうぞ上がっていってくださいよ。貴方にどうしても見ていただきたいものがあるんです。お時間は取らせませんので!」

言われるがままに座敷へ通されると、なんとそこには


阿弥陀如来を安置した立派な仏壇がありました。

念珠を手にかけ、

「貴方に見て欲しいと言ったのはこのことだったんです。どうぞお参りください」

と石橋さんは言います。


「なんと!?3年前はああ言っていたのに、どうしたんですか!?」

錦織さんが驚きながら聞くと、石橋さんは涙を浮かべながら答えます。


「貴方がそう言うのも無理ありません。恥を忍んで理由を語らせていただきます。


ご存知の通り、私たち夫婦は娘を授かりました。生まれつき賢く、器量も良く、たったひとりの子宝の成長が何よりの楽しみでした。


目に入れても痛くないほどに思いながら育てていましたが、思いがけず娘は大病に冒されることになり……私も医者ですから、あの手この手を尽くしたものの、症状は良くなりません。

脈は悪くなり、五体は日に日に衰え、もう半日も持たないというときになって、はじめて我が子の死期をさとりました。

親子の別れが近づくなかで、私が苦しそうな娘を膝に抱き上げて最期の介抱を続けていると、娘が苦しそうにしながら目を開けて言うのです。


“お父さん、私は死ぬんですか?”


余所の患者だったら、“いやいや、家族が悲しむからそんなことは言うもんじゃない。死にはしないから薬を飲みなさい。すぐに良くなりますからね”と言いますが、もうどうやっても治らないと分かっている我が娘に“大丈夫ですよ。死にませんよ”なんて嘘を言うことはできませんでした。

黙っていると、すべてを悟った娘は両目に涙を含みながら目をつむります。“(あぁ、そうであったな。ひとりで死んでいかなければいけないというのは、心細いよな)”と思いをめぐらしていると、娘は再び目を見開いて言うのです。


“お父さん、私は死んだらどこに行くのでしょうか?”


私は何も答えることはできませんでした。

“後生はない、死後の世界はない。地獄も極楽もない。死んだら魂は行灯の火を吹き消したも同然”。
そんなことを普段は平然と言っていたけれども、実のところを言えば私も死んだことはありません。さらに振り返ってみると、有名な高僧や智慧に勝れた先人たちは、みんないのちの問題から目を逸らすことなく向き合っています。智慧の浅い私の言葉では娘の問いに答えることができませんでした。

そこで私を意を決して頭の片隅にあった言葉を絞り出してこう返答したのです。


“娘よ、よく聞いてくれた。人間は死んだら極楽浄土という結構なところへ往くのだよ”

すると、娘はにこりと笑います。

“お父さんもお母さんも、みんなその極楽へ往くんですか?”

“そうですよ。みんな必ず参らせてもらうんだよ。先に参って待っててくれよ”

“そっかぁ、それなら安心だね。……でもお父さん、その極楽にはどうすれば往けるのですか?”


そこでまた私は何も答えることができなくなりました。何分、詳しくは聞いたことがなかったもので、どう答えればいいのか分からなかったのです。
すると、私の困った様子を見かねた家内が代わりに答えてくれました。


“極楽浄土というところには、お慈悲の仏さまである阿弥陀さまがいらっしゃいます。母や父があなたに愛情を注ぐ以上に、慈愛に満ち満ちたお心で私たちをすくい取ってくださる仏さまです。一緒にお念仏を申そうね。なんまんだぶ、なんまんだぶ。ほら、もう仏さまがお前のことを抱っこしてくれているよ。決してひとりじゃないんだよ。不安に思うことはないんだよ”


あとで聞いてみれば彼女も周りのお爺さんやお婆さんが語っていたことを聞き覚えでそのまま言っただけだったようですが、それを聞くと娘はとても喜びました。

“そうなんだ!なんまんだぶ、なんまんだぶ。お父さんも、お母さんも必ず後から来てね。私、待ってるからね……”


そう言って静かに息を引き取ったのです。


それからというもの、私たち夫婦は泣き明かして暮らしました。
初七日や四十九日といった法事、日々の会話、娘が遊んでいた玩具、あらゆるものが涙の種となりました。
特に別れの時を思い出すと涙が止まりません。


娘は私たちの言葉を受け止めて浄土を喜んで亡くなっていったが、それを話した私自身はどうだろうか。
口ではなんとでも言えるが、私も娘と同じところへ行けるのだろうか。


もし、私が今日明日にいのちを終えることがあれば、誰もそのことを教えてくれる人はいない。
そんなことを考えるとゆっくりと眠ることもままなりません。


それからというもの、私はお寺へこっそりとお参りして障子の外から説法を隠れて聞くようになりました。


お話を聞けば聞くほど、今までの自分のすがたがありありと照らされ、地獄は私が生まれていく世界であると同時に、その私を捨てない仏さまの慈悲が有り難くこの身に染み渡りました。


気が付けば、私もまた仏縁を結び、仏さまからのお育てを預かる身となりました。禅宗の家庭ではあるものの、今はこうして阿弥陀様をお迎えして、毎朝毎晩と手を合わせお礼を申し上げています。


3年前のご無礼、どうぞお許しください。今は同じ浄土を願うお同行であります。今後ともお導きくださいませ」

めでたしめでたし


浄土真宗の仏さまである阿弥陀如来は「あなたはひとりではありません。ともに生きる仏がいますよ。ともに参っていくお浄土がありますよ」と生きとし生けるものに告げます。


この言葉は自分がいつまでも強い存在である、賢く立派で論理的な思考を持つ人間である──そう思い込んでいる人間には響かないかも知れません。


しかし、人間は必ず自分の限界に気が付く日がやってきます。
決して自力では乗り越えられない壁を目の前にしたとき、今まで積み重ねてきた理屈・知識や財産、地位などは何の訳にも立たなくなってしまいます。


そうした私の弱さや愚かさをご存知の仏さまであるからこそ、「そのまま来いよ、必ず救う」と南無阿弥陀仏のお念仏となって、この私のいのちに響いてくださるのです。

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2017年09月10日