以前、紹介した『アイヒマンの後継者 ミルグラム博士の博士の恐るべき告発』の他にも、心理学の実験を元にした映画があります。
『プリズン・エクスペリメント』(原題:The Stanford Prison Experiment)は、1971年にアメリカのスタンフォード大学で行われた「スタンフォード監獄実験」が元になっています。「人間は特殊な地位や肩書きを与えると、個人の力を封じ込められ、その役割通りに行動してしまう」ということを証明する実験です。
責任者はフィリップ・ジンバルドー教授で、スタンフォード大学の地下実験室を改造した監獄が舞台となりました。
新聞広告で募った70人以上から心理テストと面接で18人を選出。くじ引きにより看守役と囚人役9人ずつに振り分けて実験の準備が始まります。
リアリティをもたせるために地元警察に協力してもらい、囚人役を家から監獄までパトカーで輸送。指紋採取をするなど徹底しました。服には番号が貼り付けられ、足には南京錠を付けた鎖を装着。
看守役も表情が分からないようにサングラスをかけるなど細部までこだわりが見られます。
(現在はそこまでしている監獄はないそうです)
実験が開始すると、「監獄ごっこ」とは呼べないほどその内容は凄惨を極めました。
看守役の求めに応じなかった囚人を「独房送り」と称して準備した監獄とは関係ない倉庫へ監禁。
他にも反抗的な態度をとった囚人に罰として腕立てふせを強要したり、バケツをトイレ代わりにさせるなど、どんどんと看守役の行動がエスカレートします。
この時点で責任者であったジンバルドー教授すらも役にのめり込んでおり、中止の申し出をした囚人役を「仮釈放委員会」に通しました。要求は通らず、実験を継続することに。
その後も看守役たちは徹底して囚人役を厳しく管理するのですが、驚くことに看守役だけではなく、囚人役も同じように囚人役を演じて従順になったといいます。
5日目には禁止されていた暴力が横行するようになり、監獄を訪れたジンバルドー教授の恋人からの強い抗議によって、2週間の予定だった実験はわずか6日で中止されました。
しかし、看守役たちのほとんどは最後まで実験中止に抵抗したといいます。
この実験内容を聞くと「たかが監獄ごっこなのに、何も悪いことしていないバイトの学生がそんな風になるの?」「観察してたジンバルドー教授はなんでもっと早く中止しなかったの?」と思うでしょう。
自分が持っている倫理観や判断力は、環境と立場の変化によって簡単に崩壊してしまいます。それが架空のものであっても。
しかも、外部から観察していただけの人さえも、いつのまにか巻き込まれる形になりました。本当だったら目の前の悲惨な状況を自分が止められるはずなのに、役割や空気に呑み込まれて正常な判断ができなくなってしまったのです。
この実験によって、外部から与えられた社会的な役割が、個人の性格や感情を超えて行動を支配してしまうことが明らかになりました。この現象は社会心理学では「非個人化」と呼びます。
合掌