★正宗分ー依正段「宝樹囲繞」①
また舎利弗、極楽国土(ごくらくこくど)には七重(しちじゅう)の欄楯(らんじゅん)・七重の羅網(らもう)・七重の行樹(ごうじゅ)あり。みなこれ四宝(しほう)周匝(しゅうそう)し囲繞(いにょう)せり。このゆゑにかの国を名づけて極楽といふ。
また舎利弗よ、その極楽世界には七重にかこむ玉垣と、七重におおう宝の網飾りと、七重につらなる並木があります。そしてそれらはみな金・銀・瑠璃・水晶の四つの宝でできていて、国中のいたるところにめぐりわたっています。それでその国を極楽と名付けるのです。
先生|今回から極楽がどのような荘厳(しょうごん)であったかが具体的に説かれているよ。
阿弥|荘厳ってなんですか?
先生|身や国土を飾ることで、いま読んでいる『阿弥陀経』の依正段では極楽がどのように飾られているか、その麗しい様子が説かれているんだ。
阿弥|まず、【七重(しちじゅう)の欄楯(らんじゅん)】とありますね。
先生|「欄楯」というのは今の日本のお寺でいう「欄干(らんかん)」のことで、簡単に言えば「手すり」のことだよ。
阿弥|極楽には「手すり」があるということですか?
先生|実際には「玉垣」や「石垣」であるとも言われるんだけどね。
阿弥|「欄干」と「玉垣」って、ぜんぜん違うものじゃないですか?
先生|古代インドでは樹木など信仰対象の周囲に巡らせ、聖と俗の境界とした木製ないし石製の垣があって、それを「欄楯」といったんだ。
いずれにしても極楽の宮殿や楼閣といった建物を保護するための囲いと考えてくれればいいよ。
阿弥|当時のインドならではの表現なんですね。
先生|お釈迦さまの遺骨(その代替物)を収めた仏教建築である「仏塔」のまわりは、玉垣を七重にすることが理想だったそうだよ。
阿弥|ということは、当時のインドの人たちの理想が反映されているんですね。
先生|恐らくそう考えられるね。
阿弥|次の【七重の羅網(らもう)】ってなんですか?
先生|羅網とは、宝珠・宝鈴で飾った網のことだよ。
阿弥|そんな贅沢な網を何に使うんですか?
先生|宮殿や楼閣の上空を覆って荘厳しているよ。
阿弥|へぇ~、でもどうしてそんなことするんですか?
先生|これも当時のインドの習慣のようだよ。
ガンダーラから中央アジアには、真珠を連綴して網をつくって貴重なものに懸ける風習があったというからね。
阿弥|最後が【七重の行樹(ごうじゅ)】ですね。
先生|行樹は並木のことだよ。
インドでは霊場や聖域に至る参詣道の両側に並木を作る習慣があったんだ。
阿弥|どんな木が並んで生えているんですか?
先生|原典であるサンスクリット本には「ターラ樹」とあるね。
阿弥|ターラ樹?
先生|ヤシ科の常緑高木でインドに生えるオウギヤシのことだよ。
阿弥|えっ、ヤシの木なんですか? リゾートみたい。
先生|オウギヤシの葉は、尖ったもので裏に字を書くと書いた部分が黒く浮かび上がるんだ。
阿弥|じゃあ昔の人は紙じゃなくて、葉っぱに字を書いていたりしたんですかね?
先生|まさにその通りで、紙のない時代はオウギヤシの葉にお経の言葉を書いて残していたんだね。
オウギヤシは「お経の木」といっても過言ではないよ。
阿弥|でも並木が七重って……鬱蒼(うっそう)として森みたいになりませんか?
先生|中国の善導大師という高僧は、「極楽は広大で所々に宝樹の林がある。それを七重の行樹といっている」と教えてくれたんだ。
阿弥|木が7本ずつ並んでいるのとは違うんでしょうか?
先生|「根・茎・枝・條・葉・華・果実が宝石で彩られていることが七重行樹である」と善導大師はおっしゃっているね。
阿弥|「七重の欄楯」や「七重の羅網」も同じように特別な意味が?
先生|特に善導大師はおっしゃってないけど……単純に並べられているわけじゃなくて、幾重にも美しく巧みに重なり合っていることを「七重」を説かれたんじゃないかな。
阿弥|それなら「七重」じゃなくて、「八重」でも「九重」でも構わない気がしますけど……。
先生|「七」という数字が大事なんだろうね。
阿弥|七? ラッキーセブンみたいなことですか?
先生|例えば、
・六道という迷いの世界を超えたさとりの数字
・古代インドは七進法で、七は満数
・古くから神聖な数字とされ、中国や日本でも好まれた数字
・基数(1~9)として最大の素数であり、精神的に充実した数字の3と物質的に安定した数字の4を足した超越性をもつ数字
など諸説あるけど、「七」はとても特別視されていた数字だったんだよ。
阿弥|ふーん……確かに七福神とか北斗七星とか、考えたら七が付くものっていろいろありますね。
先生|数字にもいろいろな意味が込められているんだね。
阿弥|でも「極楽には玉垣や網、並木が整っている」という描写って結局は何が言いたいんですか?
先生|そのことを次回はうかがってみよう。