登礼盤

稱名寺 永代経法要の前日です。


本堂内の準備や経本の作成、その他諸々……。


個人的にいつも不安なのが登礼盤(とうらいばん)・降礼盤(ごうらいばん)の作法です。


京都で専門的に作法の勉強はしたものの、稱名寺では永代経法要と報恩講法要でしか用いないため、少し不安になります。

ちなみに礼盤とは──

法会の際に導師が礼仏誦経するために設ける高座。敬礼段(きょうらいだん)ともいう。

礼盤の由来は、中国隋代の天台宗第四祖・灌頂『国清百録(こくせいひゃくろく)』巻1(敬礼法)に見られる。

しかし、密教の護摩壇にこの礼盤と脇卓を用うるところによると、随の時代以降の唐代より盛んになったのだろう。

礼盤が日本に伝来した年代は不明である。恐らくは密教の伝来とともに伝えられたものと考えられる。
大江匡房の『江家次第(こうけしだい)』巻11の中に「御導師、礼盤に就きて仏を礼す」とある。
また、平安朝時代の女流文学者・清少納言の『枕草子』には「らいばんに向いて、ろぎ誓ふも」といい、あるいはまた同時代の著と伝えられる『栄華物語』にも「中の間の左右に講座あり、中に礼盤たてたり」とある。
よってこの時代には大いに用いられたのであろう。

『法式と其故実』によると、平安朝の頃には高座と礼盤の区別があった様であるが、後室町~江戸時代には高座と礼盤と同一視されて用いられたようである。
礼盤に登ることを「登礼盤」という。この事を「登高座」ともいうのは、このころの名残であろうか。

「礼盤の上に座るのは、お釈迦さまのお手代わり(代理)として説法(読経)をすることを意味している」と先生がおっしゃっていました。


念のためリハーサルをして明日の本番に臨みます。

合掌

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2019年05月05日