誰かの願いが叶うころ あの子が泣いてるよ

世の中には「これまで住んできた場所に住むことができなくなる」という出来事が多々あります。
新幹線や道路、ダムの建設だけでなく、2016年の熊本地震でも山崩れが起きる危険があるため、転居を余儀なくされるといったことが報じられていました。

もちろん、自然災害によって住めなくなることはやむを得ない一面もあると思います。
しかしそうではない、人の都合や社会の都合で一部の人を犠牲にするあり方は考えなくてはいけません。

特に原子力発電の問題については、事故発生後、「もともと住んでいた所に住めなくなった」「いまも避難生活を送ってる」という人がたくさんいらっしゃいます。
また、水力発電のダムをつくるときにも立ち退かざるを得なくなった人が出てきます。

暮らしが便利になる一方で、一部の人が負担を強いられる事例は世の中に多いです。
本来はそういう人すべてに対して、目を向ける必要があるでしょう。

社会全体の中で「どちらが経済的か」「どちらが自然にいいか」「どちらがエコか」という単純な二元論の見方だけになってしまうと、実際にその場で生きている一人ひとりの思いを無視することになります。

私たちの人生が往々にして一部の人の犠牲に上に成り立っているということは、社会全体の問題として改めて考えるべきではないでしょうか。

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2020年12月01日