写真には写らない 美しさがあるから

「美しさ」を考えると、私たちは外面の美しさを求めがちです。
しかし外面の美しさの評価は、時代や国・地域、個人によって差があり、年齢やさまざまな条件によっても変化するものです。
そうしたあてにならない美しさに振り回されて一喜一憂するよりは、もっと大らかに考えて生きたほうが幸せではないでしょうか。

一方で、今日の日本では「もっと美しくなりたい」と強迫的なまでに思っている方が多いように感じます。
ただ、外面の美しさを頼りに生きようとすると、その美しさを失ったときには非常につらい思いをすることになります。外面的な美しさは非常に脆いものです。

自尊感情、すなわち「自分はかけがえのない大切ないのちなのだ」ということをほんとうの意味で理解していないと、どうしても外面の美しさに頼ろうとしがちです。
「かけがえのない」とは、誰にも代わることができず、ほかのものと比較することもできないという意味です。
このことを本当にわかっていれば、自尊感情をしっかり持って、外面などに多少不満を覚えても「自分にとってかけがえのないいのち」と、少々のことは気にせずに生きられるのではないでしょうか。

インドを旅したときです。インドの人たちがお互いに手を合わせて挨拶する姿を目にし、あまりの美しい所作に目を見張りました。
日本でも神社仏閣やお仏壇、お墓などでは手を合わせますが、インドでは仏さまに対してだけではなく、人間同士が合掌しあうため、磨かれ洗練れて、美しい姿となったのでしょう。

こうした振舞いや所作、姿勢も「外面の美しさ」ということができます。
ですが、それ以前にこの姿には「人はお互いに敬いあうべきもの」という心づかいが大切に表現されています。
そしてその所作を通して手を合わせる者のこころが磨かれ、内面の美しさとなり、人のこころを打つのです。

内面の美は、自分で磨こうと思っても磨けるものではありません。
いろいろな体験をし、素晴らしい人とのご縁を重ねる中で「私もああいうふうになりたい」と心がけて磨かれていくものです。

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2022年11月01日