宗教儀礼に在り方について、改めて考えています。
手元にある『聲明集解説』の序文に、梯實圓(かけはしじつえん)和上が次のように述べています。
浄土真宗とは、親鸞聖人の教えに導かれて阿弥陀仏の本願を信受し、わが身を如来にまかせて念仏していく信心を本質としている宗教です。
しかしその根源的な宗教経験は、必ず言葉で表現され、身体的な行動として表出されて他者に伝達され、同信の行者を中核とした社会的な集団を形成していくようになります。
そこに自ずから教義が生まれ、それを確認する教義学が生まれ、また信心の身体的、言語的、音楽的表現である宗教儀礼が成立し、さらには信心の行者を中核とした教団が成立していきます。
とくに教義と儀礼とは、自身の信心を確認し、持続すると共に、有縁の人々に如来の本願のこころを伝達し、同信の行者の輪を広げるために欠くことのできない重大な役割を果たします。
教義と儀礼は浄土真宗の教法を護持し、伝道し、信者の社会責任を明確にしていくことを使命としている教団を支える両輪であるといえましょう。
合掌