小非なき身2

本日発生いたしました関西の地震により被災された皆さまには心よりお見舞い申しあげます。


大きな災害発生時はもちろんのこと、日常生活においても自分自身が人の役に立つということは非常に難しいと実感します。
もっと言えば「何もできない」のが本当でしょう。


例えば、お寺にいると相談へやってくる人がいます。話を聞きながら、質問されれば仏教的な視点を提供するなど、自分なりに精一杯の対応は試みます。
もしかしたら相手もその場は「話を聞いてもらえてホッとした」「違う視点をもらえた」となるかも知れません。
しかし、あくまでもそれは一時的なものであって、根本的な解決とはなっていないのです。


仏教では苦悩の根本を「煩悩」と説きます。煩悩がなくならなけれ本当の安息は訪れません。

いくら表面上を取り繕ったとしても、人が人にしてあげられることは「その場しのぎ」です。人が人を救うことはどうやっても不可能です。
だからといって「人助けをしてはいけない」「相談に乗っても無意味」とするのではなく、「自分には何もできない」という立場からの行動が大事であると私は感じます。

「自分は何かを与えられる人間だ」「人の役に立つことができる」「相手を導こう」と考えている人は少し恐いです。同時に、そういう心を捨てるのも難しいことです。

合掌

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2018年06月18日